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祭礼時の町のしつらえ:提灯・幕

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月25日(火)08時02分23秒
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  江戸時代の祭りのしつらえや町の装飾の様子は猿こう庵などの資料がわかりやすいが、
まだ記憶に残る昭和の様子としては、提灯と幕であろう。

今でも多くのお祭りではそうであるが、
各戸、入口に提灯(支柱を立て屋根つき、または傘つきの高張提灯)、
間口一面に幕を張る(素材は木綿の丈夫なもの)注1記載写真参照

名古屋中心部では面倒なのか、知らないのかすっかり廃れてしまった。あたりまえのことも生活の変化にともない変わってしまった。

幕は、家紋の入った横じまの幕(幔幕、鯨幕)よくあるのは白と浅黄(水色ぽい)の交互の縞をよくみる。これは祭り以外に、慶事(婚礼、また正月)に使う。

町内によっては家紋ではなく町の紋を染め抜いたある。たとえば鉄砲町は鉄の字を図案化し、黒白幕。
末広町は、末の字を図案化し、海老茶と白の幕。

伝馬町は、山車にちなみ鶴丸の紋、宮町は宮の字(*2掲載写真)であった。

色であるが、鉄砲町の黒白という色、横じまであるので、葬式でよく使う縦じまではないが、黒は凶事ではなく、ハレ(非日常の)の色ということであるので、現在の色彩感覚とちがう。

葬式でも昭和40年ころまで喪主は、白の裃であったことをご存知の方も多いであろう。

提灯は、「献燈」「御神燈」の文字を独特の書体で書き、町内に関係する字を図案化し、たとえば玉屋町なら、玉の字の連続したデザインであしらったりする。

提灯をともす支柱であるが。角柱や丸棒とある。舗装してないころは土中に突っ立っていたと思うが、昭和の舗装された本町通りは、歩道の平板をどけると地中に土管が埋めてありそこに挿すように工夫してあった。
今でも、京都やどこでもそれぞれ工夫して提灯をともしている。


かつては各家々で親類知己を招いて歓待した。だんだんそれもなくなってしまった。(名古屋中心部での話ではあるが)
屏風や毛氈は各家あったようではあるが、昭和に入ると使われることが少なくなった。



*1 桑名町湯取車の写真
  揚輝荘の日々(2010年10月1日付ブログ)
    「松坂屋と三菱東京UFJ銀行のルーツを探る(その九)伊藤 宗太郎
  名古屋碁盤割り 続 商家と庶民の暮らし(明倫会/編集 平成15年)


*2 白木洋紙店45年のあゆみ(昭和41年発行)
 
 
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