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中市場町のこと

 投稿者:健忘症  投稿日:2014年 3月 8日(土)22時37分42秒
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  京町通りを東へ大津通りを越えると、中市場町がある。
さかのぼること69年前、3月12日、19日の空襲、5月14日の空襲は特に名古屋中心部が焼けた。

町内では12と19の二回にわたり、北側、南側と焼けた。
現在もある木屋という酒屋の奥さん(故人)に聞いた。

奥さんが嫁いだ年のおまつりでは店前で、からくり、お囃子をしてもらってこと。
山車の保管をお願いされたこともあったが、倉庫は商品で使っていたので断ったこと。

空襲で燃えたとき商品の味噌が焼け、なんとも芳しい匂いが漂ったこと。裏隣の娘さんが婚礼目前に、焼死されたこと。

木屋の西隣に住むおばあさんには、山車が町内に戻るときは、各家1人は出て提灯を持って迎えにいったこと。

木屋さんの向かいには、右左見という家が数年前まであった。
その家は江戸時代から続く薬種問屋であった。以前町内会長もされたこともある。
1998年ごろ訪ねたときは、おばあさん一人で住んでいらっしゃった。

中市場の山車(石橋車)は、最期は中市場町二丁目(現在は久屋大通公園)北側にあった松田という油商の蔵に収められていた。
右左見さんには焼け残りの金具を見せていただいた。L字型の厚みのある鍍金されているようなものであった。10センチ×5センチくらいのもの。以前は他にもあったという(鈴?)

忘れないうちに記します
 
 
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