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昭和の終わりごろ(末広町にて)

 投稿者:よしのや  投稿日:2014年 2月16日(日)08時26分21秒
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  さて今年も残すところ318日、皆様方にはご清祥のこととお喜び申しあげます。

末広町神楽団(すえひろちょう・かぐらだん)が平成元年より活動停止してずいぶんと経ちました。四半世紀。昭和のこともわからなくなるということで記憶を呼び覚まそうと思います。

さて私が関わっていたのは昭和61年から平成元年わずかの期間です。それも子供としての立場ですので、細かいことはわかりません。

神楽団とは、大正中ごろに、旧来の囃子方を改組したもので、戦前は、青年団とほぼ重なっていました。
四月くらいから社務所をかりて、お囃子の稽古、子供の仕舞の稽古がありました。

戦前はよくわかりませんが、能の囃子方の先生もご指導はあったようです。小鼓の青木恒治先生はいらしゃいました。青木先生は門前町の指導もされていたようです。
伊勢門水や井上菊次郎、少し時代が下ると井上新三郎といった和泉流狂言師など、指導者には事欠かなかった思います


私の知るのは、笛の筧三男先生、太鼓の助川龍夫先生です。

黒船が焼けてからは、昭和25年くらいに祭礼のときは仮説舞台をつくり、後に、黒船を模した舳先をつくりました。これらも若宮境内北にある土蔵にしまってありましたが、平成6年の祭りのあとに廃棄され残念です。

山車にかかわるのは男子のみという不文律があります。永らく守られておりましたが
昭和後期に、子供の舞い子に限り、女子が参加しております。末広町以外にも、鉄砲町、住吉、矢場町の子もいました。
 
 
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