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活字フォントの問題

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月25日(月)07時20分24秒
返信・引用 編集済
   最近、1950年代、70年代、90年代、そして最新刊の本を、たまたま連続して読むことになった。
 安心して読めるのは1970年前半まで、ということを改めて感じた。これは、ボクらの世代の個人的な体験(20歳前後までは、「本」に対する信頼が、辛うじて残っていた)かとも考えてきたが、それだけではない。内容が安心して読めるのではない。下手に活字フォント(字体)に気を遣わずに、読めるのだ。さすがに老舗・大手出版社では、誤植も少ない。
 活字から写真植字を経て、パソコン組版へ移行期の1980年代以降は、はっきり言って出鱈目だ。さらにJISコード文字の改訂で無惨な事態をもたらしている。そして現在。
 ある歌集を眺めていて、驚いてしまった。フォントが中国漢字なのだ(台湾の繁字体とも中国の略字体とも違うが)。しんにゅう・言へんなどが、明らかに違うし、それもすべてが統一されるならば、それはそれで結構なのだが、日本漢字の明朝フォントも混在している。なぜこんな版面になっているのか、よくわからない。校正ゲラでは日本漢字で出ていたのが、最終印刷機械へのコンバートで、このような印刷に仕上がったとしたら、今後、ますます安心できなくなる。
 なお、奥付には組版方法の違いも明記されていたらと、いまさらながら思う。それで読み方、引用の際の注意も違ってくる。
 
 

『堀田善衞 乱世を生きる』続

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月24日(日)20時44分36秒
返信・引用
   じつは、水溜真由美さんが研究対象を、森崎和江から堀田善衞にシフトしたとき、その意図がよくわからなかった。まず原爆投下を扱った「審判」から始まり、その研究発表を聞き、紀要論文を読んでも、まだ理解できずにいた。
 それが、この大著でようやく腑に落ちたのだった。
 おそらく、堀田も通過点で、次は武田泰淳かと推測している(水溜さんが現在住む北海道にも縁が深い)。乱世を生きる知識人として、中国との関わりでは火野葦平も取り組んでくれないかなあ、などと秘かに期待している。
 ところで、辺見庸『1★9★3★7』では、堀田善衞の長篇小説「時間」を、「消された」作品としているが、岩波現代文庫では、『1★9★3★7』初版の翌月(2015.11)に刊行している。この解説は辺見。彼が働きかけて、刊行されたのだろう。
 

『堀田善衞 乱世を生きる』

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月22日(金)13時55分47秒
返信・引用
   水溜真由美さんの2冊目の単著『堀田善衛 乱世を生きる』(京都・ナカニシヤ出版、2019.2)が出た。全446ページ、四六判、本体定価3800円の大冊である。
 作家としての堀田善衞の生涯・全体像を、主要作品をとおして辿り、そこに「乱世」に生きる知識人の、誠実な存在を見ていく。軽薄な時代に、置き忘れ去られようとしている重厚な作家を、「現在」に甦らせる意欲的な試みだ。いささか敬遠してきた堀田への認識を新たにさせられ、取り上げられた各作を読み進めているところだ。
 ここには、「現在」を乱世と認識する著者(水溜真由美)の批判精神が、貫かれている。乱世は、また新たな時代への過渡期でもある。この希望は、昨今の絶望的な政治状況でも捨てたくない。
 『堀田善衛 乱世を生きる』の目次骨格を紹介しておきたい。

 序論 戦後派作家としての堀田善衞
第Ⅰ部 乱世を描く試み
 第1章 朝鮮戦争 二〇世紀における政治と知識人―「広場の孤独」―
 第2章 国共内戦 歴史へのコミットメント―『歴史』―
 第3章 原爆投下 戦争の罪と裁き―『審判』―
 第4章 南京事件 宿命論との対決―『時間』―
 第5章 島原天草一揆 ユダとしての知識人―『海鳴りの底から』―
第Ⅱ部 乱世を生きる作家・芸術家の肖像
 第1章 西行―「西行」、「西行 旅」―
 第2章 鴨長明・藤原定家―『方丈記私記』、『定家明月記私抄』―
 第3章 ゴヤ―『ゴヤ』―
 第4章 モンテーニュ―『ミシェル 城館の人』―
第Ⅲ部 アジア・アフリカ作家会議へのコミットメント
 第1章 第三世界との出会い
 第2章 中ソ対立の中で
 

大河内傅次郎

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月21日(木)21時07分41秒
返信・引用
   パソコン組版になって、漢字表記=活字字体の問題は、一層ややこしくなっている。「搔」と「掻」など、どちらが「正しい」のか、悩む(同様の事態は、数多い)。
 かなり新聞紙面から、パソコン偽字(JISコード文字のうち)は駆逐されているが、新たな問題も出ている。先日は、大河内傅次郎(ふじろう)の名前を見て驚いた。もちろん、傳次郎(でんじろう)が正しい。伝次郎とすればいいものを、下手に「正しい」表記にこだわると、こんなつまらないミスを犯す。
 それにしても、漢字は難しい。裏(うら)と裹(つつむ)など、うっかりすると、見落してしまう。先だっては、蘖(ひこばえ)が、蘗(きはだ)の文字になっていたのを、危うく見落とすところだった。これは、昭和初期の元原稿自体が間違っていた。
 

3社参り×3回

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月20日(水)14時55分58秒
返信・引用
   先週は、火曜日から新古書店の3社参りを続けていた。
 池田浩士『石炭の文学史』に出てくる島田荘司『奇想、天を動かす』(光文社)を読みたく、それも図書館本でなく、古書店で入手と自己制限したのだった。図書館本やネット古書を避けたのは、池田さんの流儀に対する礼儀だった。安易に入手するのではなく、足でかせぐこと。
 まず、北九州市西部方面で3社。某ぶくおにアテネ文庫が並んでいたのに驚く。探求リストに残っていた『北原白秋詩集』を購入。もちろん108円。
 2日目は、福岡市東部だったが、これはお茶をひく。3日目は1社で挫折。何も買うものがない。7店廻ったのに、なぜか『奇想、天を動かす』はカッパ・ブックス版も光文社文庫版も見当たらず。翌日に宗像方面の2社で、計9社参り。
 最後の最後、ここでなければ、諦めてネット古書注文と思った、その9店目のほんだで、ようやく「発見」。どちらの版もあり、カバー絵にディーゼルカーが描かれたカッパ・ブックス版を購入。それにしても、1957年1月の北海道・札沼線はSLではなく、すでにDL(ディーゼル機関車)だったのか。
 この札沼線全線(札幌~石狩沼田)は、徐々に廃線となり、現在は札幌から新十津川駅まで。数年前に訪ねた樺戸監獄のある石狩月形駅も近くなくなるようだ。最近では学園都市線と呼ばれている。福岡県の筑豊本線と福北ゆたか線の関係みたいなものだ。
 なお、これでしばらくは、古書店を巡ることもないだろう。
 

『時雨のあと』

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月15日(金)20時26分58秒
返信・引用 編集済
   梅本育子の『時雨のあと』(講談社、1970.7 続篇は1971.9)は、吉田絃二郎(1886~1956)の養女となった女性の物語。もちろん、絃二郎も主要人物で、ほかも実名・仮名で登場する方々は多いのだが、モデル小説というよりは、一部実名小説といった方が適切か。
 本篇は、第64回直木賞候補になっていた。梅本育子(1930~ )は、本名矢萩郁子という。おしなべて、選評の評価は低い。村上元三の「読後感もよくなかった」には同感した。その一因は、実在の作家を登場させながら、実名と仮名の使い分けがうまく機能していないことにもある。
 さて、実名で登場は、吉田絃二郎のほかには、養子縁組の際の後見人4名のうち、元S社(新潮社)支配人の中根駒十郎(1882~1964)。残りの後見人3名には、湯島の講安寺住職の池田立基、浅草の料亭「金泉」女将の渡辺きぬ子、軍隊時代からの旧友のJ製紙(十条製紙?)社長の西済が就く。これらは保留。よく登場する日本青年団の熊谷は熊谷辰治郎か(大日本青年団本部「推薦図書目録」の編輯発行人)。
 主人公の「吉田はる子(旧姓大村)」は本名「なつ」。吉田没後に深い関係になるD書房(第二書房)の後藤も仮名だろう。伊藤禱一(「薔薇族」編集長・伊藤文学の父)か。
 宝塚少女歌劇の豊原英子、文集『芦笛』の作者というから、葦原邦子(1912~97)に間違いない。映画女優の橘純子は不明。稲垣浩監督の「江戸最後の日」(絃二郎原作)に出演しているようだ。
 没後数年して、世田谷区瀬田の広大な家屋敷(1200坪)を処分し、その一画に100坪の自宅を構えるが、その売却先のT不動産(東急不動産?)会長の狩野鍬太は、五島慶太(1882~1959)か。
 作中の大村はるは、1939年頃に15歳(数え)で吉田家の3番女中として奉公を始める。1941年夏、信州沓掛の別荘で「お手付き」女中となるから、満年齢で18歳未満の時だ(絃二郎は55歳)。今日では、明らかに「犯罪」と見なされる出来事である。その後も、封建武士的な家風を維持し、家では主人‐女中の身分関係を、絃二郎没まで17年間続けさせられる。
 1937年元旦に亡くなった愛妻明枝とのあいだには子供が産まれなかった。人妻だった明枝は、婚家に子供ふたりを置いて絃二郎と同棲生活をはじめたとされる。したがって、1920年頃から絶大な人気を誇るベストセラー作家として、不動産など莫大な財を成した絃二郎には、相続問題をめぐって、親族・知人を問わず、自薦他薦の後妻・養子・養女話が続く。このあたりは、ほとんど滑稽話を通りこしている。狂騒劇だ。
 明確にはされないが、病妻が生きているときから、「お手付き女中」の先輩がいたようだ。戦時・戦後の苦難と闘病生活を、最後まで「天使」とも形容されるほど献身的に支えた「はる」に、遺言で全財産を譲るとし、後見人の意見も入れて「養女」にする。いわゆる「養女妾」だ。本妻が亡くなっているので、妻として入籍してもよかったのだが、世間体(作品では、亡妻への「愛」を貫く)と40歳近い年齢差を考慮した措置だった。
「昭和の初期、青年子女の心に深い影響をあたえた偉大なる作家吉田絃二郎の秘められた生活を、女中の眼を通して赤裸々に描いた異色長編」が、『時雨のあと』の広告文。当時は、少しは話題になったようだが、ボクの記憶にはない(絃二郎に関心がなかったため)。
 それにしても、日本近代文学における、生前と没後の「人気」の段差では、文句なしの「横綱」作家かも知れない。
 まあ、今度、生家跡を見に行くまでには、いくつかの作品も読んでおこう。『時雨のあと』は、手元の古書探索メモに残ったままだったのを、今年に入って入手した。近在の公共図書館で読めなかったため、いずれと思い、見送っていたもの。緊急性を認めていなかったが、「終活」の一環として、古書リストも消せるものから消している。本が届いて、絃二郎の実名小説だったことを思い出す。何かで、この作品を知ったのだが、その機縁は忘れた。
 ↓
「すかぶら」さん、感謝! 「スカラベ」と「すかぶら」は親戚みたいなものです。「東京新聞」はフォローしていませんので、今後もよろしく。
 

東京新聞に

 投稿者:すかぶら  投稿日:2019年 3月15日(金)11時19分24秒
返信・引用
  火野葦平さんの復刊小説「天皇組合」についてのコラムが出ておりました。ご参考までに。  

『桜史』

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月12日(火)07時27分6秒
返信・引用
   山田孝雄(よしお)の『桜史(おうし)』(精確には『櫻史』)を、桜の季節に読み通そうとして、ここ10年以上も挫折してきた。講談社学術文庫版は1990年の刊行だから、約30年前に入手。その後、美しい初版(桜書房、1941.5)も手に入った。
 今年は、何とか、桜の開花前に読めそうだ。
「桜花がいかなる点において日本精神の象徴であるかといふことになると、近頃世に行はるる説には首肯し難いものがある。……その桜の花が潔く散るとか、或は武士道に一致するとかいふやうな理屈から説くといふことは真の桜花を認めたものとはいふことが出来ない」と、1941年の時点で発言していた。ここが、並の「国粋主義者」と山田孝雄が違うところだ。特攻精神と桜を重ねるのは、「漢心」や「西洋魂」にかぶれたものと、排斥されることになる。
 昨日は3・11。空しい「復興」を主唱する亡国の首相(沖縄の基地問題と同じ構図だ)。よもや「アンダー・コントロール」と、世界に向かって虚言したことを忘れてはいまい。帰還困難地区に、今年も桜は咲くだろうか。
 

「推薦図書目録」

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月10日(日)08時39分34秒
返信・引用
   国会図書館の検索をしていたら、大日本聯合青年団(大日本青年団本部)が出していた「推薦図書目録」がヒットする。年2回刊で、1940年12月の第22輯が最終か。
 修養・処世、国家・政治・経済・兵事、地誌・紀行、歴史・伝記、文学、科学、産業といったジャンル別に、図書紹介文が並ぶ。
 火野葦平登場以後の「文学」を、デジタルライブラリーからプリントした。

 第19輯(1939.2) 相馬御風「動く田園」、火野葦平「麦と兵隊」「土と兵隊」上田広「黄塵」、西条八十「戦火にうたふ」、山本有三「戦争と二人の婦人」、高須芳次郎「乃木将軍詩歌物語」
 第20輯(1939.8) 上田広「建設戦記」、松田甚次郎編「宮沢賢治名作選」、深田久弥「津軽の野づら」、新潮社編「鉄血陸戦隊」、川田順「幕末愛国歌」、相馬御風「土に祈る」、佐藤惣之助「愛国詩集」、谷口勝「征野千里」、中山正男「脇坂部隊」、林芙美子「北岸部隊」、斎藤茂吉・佐佐木信綱選「支那事変歌集」、阿部知二「街」
 第21輯(1940.4) 火野葦平「花と兵隊」、山本和夫「山ゆかば」、日比野士朗「呉淞クリーク」、棟田博「分隊長の手記」、大嶽康子「病院船」、読売新聞社編「聖戦歌集」、吉川英治「宮本武蔵」、相馬御風「日は昇る」、吉田絃二郎「わが人生と宗教」、菅野正男「土と戦ふ」、太田黒元雄「新洋楽夜話」※ジャンル名は「文学・芸術」、「修養・処世」で、火野葦平「戦友に愬ふ」
 第22輯(1940.12) 佐藤光貞「北洋」、佐藤光貞「支那海」、吉田絃二郎「善人村」、上田広「続建設戦記」、吉田十四雄「百姓記」、北村小松「海軍爆撃隊」、吉田絃二郎「おくのほそ道の記」、石川達三「大地と共に生きん」、上田広「りんふん戦話集」、松坂忠則「火の赤十字」、棟田博「続分隊長の手記」、丸山義二「庄内平野」

 この時期だから日中戦争関係の戦争文学が多い。そのなかで、「上田広氏は……火野葦平氏と並び称されている」(「建設戦記」)、「火野葦平、上田広両氏の作品の如きは、……文学作品として磨きあげられたるものをもつてゐる。これに対して嘗て文筆を手にしたことのない兵卒の記録したものには、その稚拙なる表現にも拘らず、又別種な意味で、流露する真実の人の心を激しく感動させるものがある」(「征野千里」)、「火野葦平、上田広と並んで戦争文学の最も優れた三人」(「呉淞クリーク」)、「戦記文学の最高峰火野葦平氏の作品にも敢へて劣らない一面を備へたもの」(「分隊長の手記」)と、常に葦平が尺度の中心に置かれている。
 ほか、相馬御風や吉田絃二郎が多いのは、農村の青年団が主な読者だからか。下村湖人「次郎物語」の登場は、この後だった。
 

平成の30冊

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2019年 3月 9日(土)09時22分11秒
返信・引用
   7日の「朝日新聞」朝刊に「平成の30冊」という、2ページ特集記事が掲載されている。
 何でも指揮者、いや「識者」120人のアンケート結果のようだ。こうしたものが、ベストセラーと同じく、長いスパンから見たら、ほとんど噴飯ものなのは、いうまでもない。
 たとえば、1940年代の似たリストで、今日も読むに耐え得るものが何点あるだろうか。
 そうはいいながらも、確かに読んだ記憶があるのは2点。読んではいないが、購入したままが5点ほどあった(半藤一利『昭和史』と、村上春樹『ねじまき鳥』も、あるかも知れない。宮部みゆきも文庫本を1冊だけ買った覚えがあるが、『火車』だったか)。
 いずれにせよ、10点に満たない。
 ボクが選ぶとすれば……。いや、「平成」などという括りで考えないので、選びようがない。高度経済成長の期間がどこなのかも知らないが、1965年以降の消費文化に抗した創造的な30点を考えよう。そこに、1989年以後が、果たして何点入ってくるだろうか。
 

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