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犬山の船型

 投稿者:nova  投稿日:2013年 8月25日(日)23時03分18秒
返信・引用
  もう少し船山車を引っ張っらせて下さい.
犬山の新町「浦嶌」です.
通称鶏山ですが、黒船とも呼ばれたようです.
明治6年に名古屋方面から二層の山車を買い入れ、明治20年に船型三層に改造されたとのこと.
 
 

メールに関しまして

 投稿者:nova  投稿日:2013年 8月24日(土)00時47分56秒
返信・引用
  昨年の1月よりメールアドレスが変更になっています.
メールを送信したが返信がなかった等、心当たりのある方はご覧下さい.



http://dashi-matsuri.com/main/cool/c105.htm
 

Re: (名古屋系)山車の方向転換

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月20日(火)09時18分23秒
返信・引用
  > No.1687[元記事へ]

novaさんへのお返事です

くわしくご説明いただきほんとにありがとうございます。
その場で聞けばよいのですが、熱心なお祭り関係者の話の途中を遮る気がして
聞けなくて……。

これで、お祭りの人たちから安心してお話がきけます。
たぶん地域でも名称がちがったりすることもあるのかなと理解しております。


旧ドメイン使用の「山車マニア」ですが、かなり前から気づいていましたが、なんせインターネットの世界ですから、そんなことをする輩もいるのかなと思って気にしてませんでした。

ただし今のサイト内でもたまに古い記事のところからトップページへのリンクが、「山車マニア」へ行くことがあります。
 
    (nova) 引っ越しをしたときにリンク先も見直しましたが、何せページ数が多いもので修正しきれなかったようです.
ダーッと検索してガーッと修正して再アップロードしてくれるソフトがあれば・・・

よしのやさん、ご指摘ありがとうございました.
 

(名古屋系)山車の方向転換

 投稿者:nova  投稿日:2013年 8月18日(日)00時16分27秒
返信・引用
  私も自信がありませんが、次の通りかと思います.
間違っていましたらどなたかフォロー願います.


【半八重】
方向を変える際に、山車の前方を担ぎ上げ四分の三回転(270度回転)して向きを変えること.
(右に90度回っても、左回りに270度回っても同じ方向を向きます)

【本八重】
方向を変える際に、山車の前方を担ぎ上げ1回と四分の一回転(540度回転)して向きを変えること.
(同じ場所で1回転して更に90度回って向きを変えます)

【ずり】
山車を方向転換させる際に、4輪を接地させたまま(担ぎ上げず)引きずって方向を変えること.

【ぶんまわし】
上記「ずり」でその場で1周以上回転させること.
(筒井町天王祭神皇車のスーパーどんてんなど)

【どんてん(どんでん)】
180回転させて向きを変えること.
 

ご教示いただけないでしょうか

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月17日(土)20時22分31秒
返信・引用
  いつも山車の動画を拝見しております
それで、思い出しました。


今さらと思いでしょうが、以下の専門用語についてご教示いただけないでしょうか
山車関係者の方がお使いになられるのですが、
いつも何となくで聞いており、正確な理解をしておりません。
よろしくお願いいたします。

ぶんまわし
本八重
半八重
ずり

実際には他にもまだわからにことばかりです。
 

Re: 昭和17年黒船

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 8月16日(金)00時51分59秒
返信・引用
  > No.1684[元記事へ]

よしのやさんへのお返事です。

貴重な写真のご紹介とお話ありがとうございます☆。

 

昭和17年黒船

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月14日(水)21時31分4秒
返信・引用
  こうべさんへのお返事です。

> しかしやっぱり若宮の黒船車はかっこいいです☆。


こうべさま
お褒めにあずかりありがとうございます

ではもう一枚、黒船の写真です。平成7年刊行の井上禮之助氏の家族と自分の歴史について
書かれた私家版の本です。氏は戦前、末広町で仏具商、戦後は豊明にて別の仕事をされていましたが、
若宮まつりの黒船には毎年、ご奉仕いただきました。

昭和17年の若宮まつり。後の建物は神楽殿です。
写っていませんが山車蔵が黒船の写真むかって左にあるはずです。そこが今、末広町のテントがある位置になります。
右側には矢来が組んであり、「船車」と書いた提灯が掲げられております。

戦時下だけあって、紋服袴を着けています。
おそらく役員以外は、家紋ではなく、末広町の町紋のついた綿の単衣かと思います。

先日の写真(昭和5年)からほぼ12年ほどたち、世代も変わっています。
このうちの何人かは私の子どもの頃いらっしゃいました。
また戦死した方もおられます。 合掌
 

連投失礼いたします。

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 8月11日(日)10時39分28秒
返信・引用
  土曜日に内宮のお白石持ち行事に参加してきました☆。
お木曳き車の綱引きのつもりが警備進行係を拝命。
ちゃんとお白石を内宮の御敷地の正殿の近くに置いて来ました☆。
真新しい社殿の清々しさに暑さを忘れ、となりの御敷地の正殿が西日に輝いて見えて思わず拝礼。

ついに10月始めには式年遷宮がとりおこなわれます☆。
 

Re: 船鉾

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 8月10日(土)01時38分27秒
返信・引用
  > No.1681[元記事へ]

よしのやさんへのお返事です。
お役に立てて何よりです☆。

しかしやっぱり若宮の黒船車はかっこいいです☆。
 

Re: 船鉾

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月 9日(金)23時26分21秒
返信・引用
  > No.1679[元記事へ]

大変勉強になります
ありがとうございます

 

皆さん凄いですね

 投稿者:西組の『紙ヤさん』  投稿日:2013年 8月 9日(金)21時40分14秒
返信・引用
  久しぶりに 楽書きのーと覗きました。novaさんごめんなさい 懐かしい名前がいっぱいですね
そして、皆さんの祭り研究は、底なしですね あまりにも高度過ぎて 只 拝見するだけで
コメントもできませんが、そっと覗き見してますので、どんどん情報を書き込んでください!
〈 楽しみに覗いています〉ので、 最後文言のみアップしないでください! 変なおじさんになります
 

船鉾

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 8月 7日(水)23時27分31秒
返信・引用
  祭紀行「祇園祭」拝見しました。
宵山や宵々山は何度か見物に行きましたが山鉾巡幸はまだ一度もないので誠にありがたいことです。
来年には大船鉾も復活とのこと、是非ともこの目で見てみたいものです。

さて船鉾の船体の造形は、黒船車の本格的な和船の構造ではなく船のように見えるように飾り幕で構成されていて、船首材を簡略化して作られているのかと思っていました。

しかしあとになって、戦国時代頃の大型の軍船の船首の構造を表現していることがわかりました。

検索して旧因島市が復元した「大阿武船」(おおあたけぶね)の新造時の船首の画像を見つけました。

船鉾の舳先そのままです☆。

残念ながらこの船はもうすでに廃船となって解体されています。
 

鯨船

 投稿者:nova  投稿日:2013年 8月 4日(日)22時36分0秒
返信・引用
  船山車つながりで、さらに一枚.
今日行われた大四日市まつりに登場した南納屋町の明神丸です.
豪華な船で、舳先の彫刻は瀬川治助重光です.
 

蒲郡の船山車2

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 8月 4日(日)21時06分4秒
返信・引用
  船体は千石船ですが船首材と船首の船縁の作りは軍船です。敵船に突っ込むために先端が長く伸びた船首材、船首材に届かないので立て板で留められた船縁材。
関船という江戸時代の四国や九州の大名の参勤交代のための御座船の特徴です。
 

蒲郡の船山車。

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 8月 4日(日)09時46分57秒
返信・引用
  以前こちらで紹介しましたが蒲郡の旧市街の大宮神社の祭礼で曳かれている船山車です。
小振りなので乗船できるのは子供だけみたいです。
先日紹介した大阪の船だんじりや若宮の黒船車は軍船の様式が採用されていますが、こちらは貨物船である千石船の様式で作られています。
 

Re: 広小路丸

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月 4日(日)05時41分41秒
返信・引用
  > No.1674[元記事へ]

補足ですが
ずいぶん前ですが、「広小路夏まつり」の広小路丸を「若宮祭の黒船」の後継だと
思っていたおじいさんがいたのを思い出しました。

やっぱり違うな。


novaさま、神祭の山車ですね。承知いたしました。商業系とそこが大きな違いですね。
 
    (nova) 「神祭の山車」は個人的な思い入れによる分類ですので、お気になさらないで下さいね.
でないと、ディズニーパレードまで追っかけないとなりませんので.

広小路丸には興味がありますが・・・
 

広小路丸

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月 3日(土)22時00分19秒
返信・引用
  画像です
 

広小路丸

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月 3日(土)21時59分16秒
返信・引用
  まあこれも船山車ですかね。今、手元に写真がないので
会社にたまたまあった、おそらく10年以上前のうちわから撮りました。

記憶では見送り幕の寄贈者がオリエンタル中村であったと思います。刺繍がしてあったはず。
今年は8月17・18とのこと
 

大須丸

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 8月 3日(土)21時46分53秒
返信・引用
  所蔵は大須観音なのか、大須商店街連盟か

これも。いちおう船山車です
昭和37年建造だったかな?
今日の大須夏祭りから
 
    (nova) 船山車ですね.
ただし「尾張の山車まつり」では神祭用の車輌を山車と定義しておりますので、ノーカウントです.
 

Re: 船車あれこれ

 投稿者:朱高欄  投稿日:2013年 7月30日(火)23時51分43秒
返信・引用
  よしのやさんへのお返事です。

>
> 飯田町の黒船で使っていた大太鼓、ブログで確認しました。
 情報ありがとう。本物が観たいですね。
>
 

Re: 船車あれこれ

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 7月28日(日)18時22分4秒
返信・引用
  > No.1669[元記事へ]

朱高欄さま

ありがとうございます

ちなみに「鍋屋町風信」というブログの
2010/1/3の項に

飯田町の黒船で使っていた大太鼓の写真が載っています
いまも松山神社で使っているみたいです

 

Re: 船車あれこれ

 投稿者:朱高欄  投稿日:2013年 7月28日(日)17時27分28秒
返信・引用 編集済
  > No.1666[元記事へ]

よしのやさんへのお返事です。

> よしのやさんこんにちは
 ちょっとざっくりと書いてしまいましたね。

 正式には飯田町所有で松山神社の祭礼の黒船です。
 ご指摘の通り、山吹小学校の百周年記念誌に載っていた写真です。
 よく観てますねえ。

 飯田町の鯨船の車輪の話は知りませんので一度資料館へ行ってみます。


>
>
 

岩倉市山車夏まつり・案内

 投稿者:秋桜  投稿日:2013年 7月28日(日)16時21分48秒
返信・引用
  今年の夏まつり(宵まつり)が次の通り行われます。
きれいな提灯を飾り、神秘的に変身した山車が、岩倉街道を巡行します。

時 8月3日(土)午後5時から9時まで
所 大上市場、中本町、下本町区内の岩倉街道
内容 山車曳き、からくり実演

午後7時からくすのきの家でセレモニーと3台の山車によるからくり実演を行います。
なお、当日が雨天の場合は8月4日に順延。8月4日が雨天の場合は中止。
 
    (nova) 秋桜さん、ご案内ありがとうございます.
春祭りに続いての曳き出しお疲れさまです.
 

黒船の追記

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 7月28日(日)10時10分29秒
返信・引用
  > No.1664[元記事へ]

novaさんへのお返事です。

> ホンモノの黒船車が残っていれば・・・

nova様 尾張の山車まつりの皆様
津島の天王祭りのよき日に
暑中お見舞い申し上げます

ほんとうに残念です。戦争の災禍がなければということに尽きるのですが……
町内会の押し入れをあさっていたときに、昭和20年代半ばの物だと思われる
「奉加帳」の用紙が出てきたことがあります。これは黒船再建のための町内に寄付を募るための
ものでした。

結局、再建ままならず、簡単な舞台をつくり後にその先、船の舳先をこしらえました。
これが平成元年までやっていました。
私は、そこで仕舞をした最後の世代になります。

大船鉾の再建は大変勇気づけられます

末広町を転出した者として、さびしいのですが
次世代へつなぐ役割ができたらと考えております
 
    (nova) 中止と復活、廃絶と再建
前者のあっけなさに比べ、後者が如何に苦難を伴うのか
 

船車あれこれ

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 7月28日(日)09時45分33秒
返信・引用
  朱高欄さんへのお返事です。


> 花園町⇒久屋町、鍋屋町、清水町、明道町等に存在していましたが、戦災焼失、他所へ譲渡等で残念ながら1輌も残ってませんね。写真は鍋屋町の黒船です。末広町の影響を受けて似ています。


朱高欄様

暑中お見舞い申し上げます

船車の話がふくらむのはとてもうれしいことです
朱高欄先生のご掲示のお写真は、40年ぐらい前に発行された山吹小学校の記念誌にのっている写真ではないでしょうか。私の記憶では飯田町のではなかったかと思います。

さて最近、ネットでいろいろ検索しておりましたら一宮の萩原に在る私設の資料館
「樫の木文化資料館」に飯田町の鯨船(松山神社の)の車輪が所蔵されているようです。
画像ものっているのですが、もしやこの写真のものでは。
ぜひご高察を聴かせていただけたらと存じます。
 

Re:黒船一番

 投稿者:朱高欄  投稿日:2013年 7月27日(土)23時36分18秒
返信・引用 編集済
  novaさん戦前の名古屋には船の山車はたくさん有りましたね。
花園町⇒久屋町、鍋屋町、清水町、明道町等に存在していましたが、戦災焼失、他所へ譲渡等で残念ながら1輌も残ってませんね。写真は鍋屋町の黒船です。末広町の影響を受けて似ています。
 
    (nova) ありがとうございます.
未見の写真でした.
 

Re:黒船一番

 投稿者:nova  投稿日:2013年 7月27日(土)22時09分14秒
返信・引用
  お、船のお話ですね.

先週、京都の祇園祭で船鉾を見てきました.
来年にはもう一隻、大船鉾が完成します.
明日は大阪府太子町の船だんじりを見てきます.

この地方では、先代黒船車が美濃市に、犬山には浦嶌、知多郡小野浦に八幡丸という船山車が現役ですが、
ホンモノの黒船車が残っていれば・・・
 

Re: 黒船一番

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 7月27日(土)01時13分53秒
返信・引用
  昭和5年頃の写真です。周囲の状況から舳先は北を向いています。
那古野神社への途中、いまの中日病院の前辺りです。
ほとんど誰だかわかりませんが、門水さんの息子さん(のちの関水)が
いるのは確認できました。
末広町所蔵
 

Re: 黒船一番

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年 7月24日(水)20時39分40秒
返信・引用
  > No.1661[元記事へ]

よしのやさんへのお返事です。

こんな貴重なショットの写真が残されているとは。
若宮八幡社の黒船車は、全国見渡してみても船型の山車の中でも実にカッコイいのではと思います。
 

黒船一番

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年 7月24日(水)20時02分18秒
返信・引用
  黒船の方が大きくてかっこいいです。  

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