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若宮祭黒船車保管場所について

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月22日(土)08時39分6秒
返信・引用
  昭和20年3月19日空襲焼失時

山車本体
若宮八幡社境内土蔵(間口3間奥行5間 火災保険証書記載より)
(現在、祭り当日に末広町テントが設営される場所と同定される。江戸時代刊行の『尾張名所図会』若宮八幡宮の絵に「黒船車のくら」記載あり)

大幕(大濤の図 山本梅逸下絵)
井上仏具店土蔵(店主 井上新三郎)末広町三丁目西側 若宮表門の向かい側
空襲に土蔵は焼け残ったが、数日後、内部から発火し土蔵崩壊焼失(『祖父・父を憶ふ』井上礼之助/著より)

その他祭礼道具
末広町会館(財団法人末広町八幡講所有 もと末広町共有家屋:母屋木造2階建て 土蔵平屋)

通常は貸家、祭礼時「祭り宿」として機能する。
空襲前まで「東亜マネキン」というマネキンディスプレイの商店に賃貸
現在末広会館がある場所。末広町二丁目東側

山車の飾りつけは、この末広町共有家屋前で行われた。

町内関係のものとして
若宮表門横に「末広町巡査派出所」(交番)があり、
戦後はこの建物に、末広町の最後の町小使であられた赤塚林蔵氏がつめていた。
のちに境内東南角に曳き家され昭和60年ころまで残っていた(和風入母屋平屋RC造)
 
 

車の町の山車保管場所について

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月22日(土)05時37分18秒
返信・引用
  車の町(くるまんちょう、車町・車之町とも)
名古屋市中区丸の内一丁目から二丁目にかけて東西の通りである「魚の棚」筋(地元の慣用的な発音は「うぉんたな」)にある町

車の町は、魚の棚筋の堀川より桑名町までをいう。

天王祭(那古野神社)の台尻車(車楽)を出す町というので、車の町と名付けられたという。

町内には、真宗高田派の広井山至誠院がある。現在は入り口が伏見通りからの接続であるが、戦前は車の町に門があり、朱塗りだったため別名、赤門寺とも呼んだ。

3年ほど前になくなったお庫裏さんに聞くところによれば、向かいにあった山田さんという昆布屋(戦後転居)に山車があったという。

ただ車楽のことか、和布刈車のことかはわからない。
 

東照宮祭山車の保管場所について

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月21日(金)04時20分45秒
返信・引用
  1998年当時町内関係者への聞き取りによる(未定稿)
原則的には昭和時代(空襲焼失時という理解でよいと思う)

本町猩々    御幸本町通三丁目東側 花井氏
伝馬町鶴    伝馬町長者町北へ入る 渡辺氏
和泉町雷    和泉町二丁目南側 大西氏
桑名町お湯取  桑名町二丁目西側 町内?
宮町唐子    神楽町(現テレビ塔)南側 三輪氏
上長者町二福神 上長者町三丁目西側 町内?
京町小鍛冶   京町三丁目北側 朋友商会社員某氏
中市場獅子   中市場町二丁目北側 松田氏
七間町弁慶   七間町四・五丁目 個人宅か


明治以後、町内持ち家の売却など、共有土地、家屋が処分される傾向があり
個人所有の蔵などを借りて収蔵することが多かったようだ。

桑名町、上長者町は町内持家があったようだが調査が必要。
京町は、町内共有土地があったことは、資料から存在が確認できるが
山車に関しては個人の家の蔵を借りている。
 

東照宮祭七間町牛若丸のかしらについて

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月20日(木)08時03分29秒
返信・引用
  これも前に書いた記憶があるが

牛若丸のからくりは、右足を軸に橋の欄干で回転する。

安阿弥氏によれば、高速回転するのでたまに、首が飛ぶことがあったらしい。そのため頭がひとつだけでなく、二つはあったそうだ。

焼け残ったのは、古いほうの頭が残ったのでは、とのこと。

『尾張年中行事絵抄』に牛若の頭を社壇に納め、祀る様子が描かれているが、たしかにそういうことをやっていたと話されていた。
 

東照宮祭七間町(補筆)

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月20日(木)07時36分1秒
返信・引用
  以前にも書いたことであるが

七間町(しちけんちょう)は、中区丸の内二丁目から錦二丁目にかかる南北の通りの町である。昭和41年3月、戦災復興都市計画と、それにともなうように住居表示の実施によりこの名前は消失した。
江戸時代は、上七間町、下七間町の二町があり、橋弁慶を出していたのは下七間町である。明治初年に、上七間町は、七間町一・二・三丁目。下七間町は四・五丁目になった。

昭和になっても四丁目五丁目が、橋弁慶車を曳きだす町に変りなかった。昭和11年から工事の始まった桜通りの拡幅に際して、大幅に町域が狭くなってしまう。

町総代制度から、町内会に発展した昭和15年、はじめて両町は統合されて七間町町内会(会長安阿弥治郎左衛門)が発足した。

「七間町橋弁慶車 お囃子の復活」(森零監督)に挿入されている記録映像(「汎太平洋平和博覧会」昭和12年)に、滝兵ビル(現名古屋東京海上日動ビルディング)前の桜通りで休憩する弁慶車がとらえられているが、ちょうど笹竜胆の紋の染め抜かれた霞幕を張っている。
別名源氏車の名にふさわしいよい意匠だ。

おそらくこれが最後の橋弁慶車の動く映像であろう。

この年の7月におきた盧溝橋事件に端を発し、戦域は拡大していった。
 

東照宮祭七間町

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月19日(水)06時30分28秒
返信・引用
  名古屋東照宮に、橋弁慶車で使われた弁慶と牛若丸の頭が保存されている。

これは、空襲から焼け残ったものを、戦後、七間町の旧家である安阿弥清三(やすあみ・せいぞう 大正3年頃の生れ)氏が奉納したものである。2001年に氏から直接聞いたところによるが、取材メモを紛失しているのでこれも記憶によるものであることをご容赦願いたい。

同じく七間町の旧家である高木文子氏(2010年聞き取り)によると、弁慶の頭は、高木家で保管していたものという。

安阿弥家は、代々「御箔屋・おはくや」治郎左衛門をなのり、金箔や金屏風などを取り扱っていた。
高木家は、「尋屋・ひろや」の屋号で、仁右衛門(にえもん)を襲名し。名古屋仏壇の元祖といわれる家である。

平成元年ころ橋弁慶のからくりを名古屋市が復元するが(今、名古屋能楽堂にある)お囃子がわからないということで能の曲からを採っている。
この復元に際してお囃子を、七間町に住んでいた林、柴田、安阿弥、岩田、高木の各氏に問い合わせたがわからないということであった。

戦後は、佐藤国三郎氏が唯一のお囃子の承継者として、有縁の人々を集って演奏を行っていた。記録では昭和37年の郷土芸能祭(名古屋まつりに際して行われる)での演奏が最後と思われる。プログラムを見ると「道行」「帰り」と2曲演奏している。

間下浩之氏(詳細はYouTubuまたは「七間町橋弁慶車 お囃子の復活」(森零監督))は、七間町の出身ではないが、氏が呉服商、佐藤氏が刺繍職人という仕事の上での関係があり、佐藤氏の主宰する七間町おはやし保存会に参加していた。
間下氏によると、佐藤氏には子どもがいなかった(どうも戦死された?)こともあり伝承が途絶えている。

前述の安阿弥氏は、他町から養子で入られたこともあり。一度だけ(昭和11、12年ごろ)付太鼓をやったのみとのことであった。
 

東照宮祭(2件どちらもピントがあまい)

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月19日(水)05時00分2秒
返信・引用
  『名古屋』 (名古屋情報写真協会 昭和17年)
中市場町石橋車 撮影地本町通り 伊藤銀行本店(現在のアイリス愛知)前
撮影時期 昭和3年から12年ごろまでか


『荒川百三十年』 (荒川長太郎合名会社社史編纂委員会/編纂 昭和57年)
京町小鍛冶車 撮影地本町通り 撮影時期昭和3年から12年ごろか
 

新道の天王祭り 

 投稿者:備忘録  投稿日:2014年 3月18日(火)21時47分8秒
返信・引用
  愛知玩具人形組合百年のあゆみ(昭和54年発行)
昭和11年の新道通りをいく山車の写真あり

大阪朝日新聞(昭和12年5月12日付 市内版 大阪朝日新聞名古屋支社発行)
散手車と思われる山車の写真あり 場所は江川線か


 

中市場町のこと

 投稿者:健忘症  投稿日:2014年 3月 8日(土)22時37分42秒
返信・引用
  京町通りを東へ大津通りを越えると、中市場町がある。
さかのぼること69年前、3月12日、19日の空襲、5月14日の空襲は特に名古屋中心部が焼けた。

町内では12と19の二回にわたり、北側、南側と焼けた。
現在もある木屋という酒屋の奥さん(故人)に聞いた。

奥さんが嫁いだ年のおまつりでは店前で、からくり、お囃子をしてもらってこと。
山車の保管をお願いされたこともあったが、倉庫は商品で使っていたので断ったこと。

空襲で燃えたとき商品の味噌が焼け、なんとも芳しい匂いが漂ったこと。裏隣の娘さんが婚礼目前に、焼死されたこと。

木屋の西隣に住むおばあさんには、山車が町内に戻るときは、各家1人は出て提灯を持って迎えにいったこと。

木屋さんの向かいには、右左見という家が数年前まであった。
その家は江戸時代から続く薬種問屋であった。以前町内会長もされたこともある。
1998年ごろ訪ねたときは、おばあさん一人で住んでいらっしゃった。

中市場の山車(石橋車)は、最期は中市場町二丁目(現在は久屋大通公園)北側にあった松田という油商の蔵に収められていた。
右左見さんには焼け残りの金具を見せていただいた。L字型の厚みのある鍍金されているようなものであった。10センチ×5センチくらいのもの。以前は他にもあったという(鈴?)

忘れないうちに記します
 

いらっしゃ~い

 投稿者:西組の『紙ヤさん』  投稿日:2014年 3月 6日(木)20時43分40秒
返信・引用
  半田市博物館 館長樣よりご依頼ですが、3月22日に 遠州森町の祭人達が、博物館に山車の見物に来られるとの事、ところが、現在博物館は 各地の祭りのに空き家です、先日まで 当組が展示
していたのですが・・・それで森町の人々が、当組の会館・山車鞘に見物にいらっしゃる事に
成りました。 大歓迎デスねー 森町の皆様マイクロバスでお越しになる様ですが、道中
十分気をつけて お越しください! 飲み過ぎにも注意デスねー
 
    (nova) その1週間前にお出でになれば乙川まつり、1週間後は知多半島各地や犬山まつりが開催されてましたのにね.
 

寿老人車

 投稿者:朱高欄  投稿日:2014年 3月 4日(火)00時25分13秒
返信・引用
  novaさん、若宮祭礼絵図お見事です。7輌全て完成してますか?  

寿老人車です

 投稿者:nova  投稿日:2014年 3月 1日(土)23時50分24秒
返信・引用
  明和~天明年間の若宮祭を描いたとされる祭礼絵図の模写です.
 

若宮祭寿老人車のこと

 投稿者:よしのや  投稿日:2014年 2月23日(日)08時10分53秒
返信・引用
  昨日、名古屋本町通りの旧鉄砲町二丁目(江戸時代は中須賀町)の居酒屋で飲食をしておりました。

お祭り好きの諸兄なら、ご存知の寿老人車を出していた町です
明治末以降、参加した形跡がなく(新聞記事など調べ)
もはや幻といってよい山車です。

15年ほどまえ、大正初年生まれの旧鉄砲町二丁目で生まれ育った方、2名にお尋ねしましたが
どなたもご存知ないようでした。(すでに故人)

『紅葉舎類聚』という本が昭和52年に出ております。
紅葉舎もみじや、とは紅葉屋・名古屋の豪商富田家のことです。
幕末、洋反物を商い飛躍的に成長し、明治になると会社経営、財閥化していきました。
現在も、子孫は、電子・機械関連の会社を経営しておられます。

手元に本がないので多少の誤謬はお許しいただくとしまして。

これには、明治10年代の囃子方の規定が載っております。
また大正初年まであった富田邸の前で、空木建・飾りつけをしたことが記載されています。

昭和56年に若宮八幡社から出された『若宮』という小冊子には、
富田家の分家にあたる富田孝造氏の手記に
明治の子どものころのお祭りの様子が記されております。

それにしても謎の多い山車であります
 

昭和の終わりごろ(末広町にて)

 投稿者:よしのや  投稿日:2014年 2月16日(日)08時26分21秒
返信・引用
  さて今年も残すところ318日、皆様方にはご清祥のこととお喜び申しあげます。

末広町神楽団(すえひろちょう・かぐらだん)が平成元年より活動停止してずいぶんと経ちました。四半世紀。昭和のこともわからなくなるということで記憶を呼び覚まそうと思います。

さて私が関わっていたのは昭和61年から平成元年わずかの期間です。それも子供としての立場ですので、細かいことはわかりません。

神楽団とは、大正中ごろに、旧来の囃子方を改組したもので、戦前は、青年団とほぼ重なっていました。
四月くらいから社務所をかりて、お囃子の稽古、子供の仕舞の稽古がありました。

戦前はよくわかりませんが、能の囃子方の先生もご指導はあったようです。小鼓の青木恒治先生はいらしゃいました。青木先生は門前町の指導もされていたようです。
伊勢門水や井上菊次郎、少し時代が下ると井上新三郎といった和泉流狂言師など、指導者には事欠かなかった思います


私の知るのは、笛の筧三男先生、太鼓の助川龍夫先生です。

黒船が焼けてからは、昭和25年くらいに祭礼のときは仮説舞台をつくり、後に、黒船を模した舳先をつくりました。これらも若宮境内北にある土蔵にしまってありましたが、平成6年の祭りのあとに廃棄され残念です。

山車にかかわるのは男子のみという不文律があります。永らく守られておりましたが
昭和後期に、子供の舞い子に限り、女子が参加しております。末広町以外にも、鉄砲町、住吉、矢場町の子もいました。
 

あれ?投稿の名前が・・・

 投稿者:西組の『紙ヤさん』  投稿日:2014年 1月 5日(日)23時04分56秒
返信・引用
  投稿した名前が 久しぶりの書き込みで いじめかよ 酔っぱらっていました。   

もう1月5日.

 投稿者:西組  投稿日:2014年 1月 5日(日)18時07分16秒
返信・引用
  novaさん 尾張の山車まつり 落書きのーと 投稿者・愛読者の皆様 本年も宜しくお願い致します。  協和車西組の「おくるま」は、半田市博物館で年越しをしました。3月初旬まで、展示されます。 皆様 是非、博物館にお越しください 毎週月曜日は 休館です
10:00から17:00まで見物が出来ます
 
    (nova) 紙ヤさん、今年もよろしくお願いいたします.
改名されたのかと思いました.

この時期に博物館に行くと寝てる虫がうずきそう・・・
 

明けましておめでとうございます

 投稿者:高井 利治  投稿日:2014年 1月 3日(金)01時14分26秒
返信・引用
  novaさん、2014年明けましておめでとうございます。今年も、健康で無事故で、頑張って下さい。今年も、よろしく、お願いいたします。  
    (nova) 高井さん、明けましておめでとうございます.
はい今年も健康で無事故、そして不死身で!
 

謹賀新年

 投稿者:朱高欄  投稿日:2014年 1月 2日(木)00時04分49秒
返信・引用
  novaさん、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。
今年のお年玉は寿老人車と西王母車ですね。昨年末の黒船車に引き続き、力作を掲載有難うございます。
残り4両も期待してますから。
さて、先代黒船車が現存する美濃市も今年60周年を迎え、山車、練り物、花みこし等が一堂に会する様です。
novaさん、なんと日程は5月3日みたいですよ。
 
    (nova) 朱高欄さん、あけましておめでとうございます.
さっそくのお年玉情報ありがとうございます.
5月3日って・・・(^^;)
 

御礼

 投稿者:朱高欄  投稿日:2013年12月31日(火)00時17分35秒
返信・引用
  novaさん、一年間有難う御座いました。毎日楽しく拝見させていただきました。
最後に黒船車ですか。黒船車の古資料は向かって右向きに描かれているのがほとんどですから、
これは珍しいですね。novaさんの力作ですね。市博物館絵巻の逆向きパターンでしょうか。
いよいよ明日は元旦です。神皇車は高牟神社でお囃子奉納から新年度の始まりです。
来年も筒井町天王祭を宜しくお願い致します。
 
    (nova) 朱高欄さん、こちらこそお世話になりました.
黒船車はご推察の通りです.
東照宮祭の絵図が左向きが多いのに対し、若宮祭が右向きなので・・・
年に1~2輌ずつ「どんてん」させております.
今年は黒船車でしたので、さて来年は(^^)
 

平成25年師走か・・・

 投稿者:カメ仙人  投稿日:2013年12月12日(木)03時20分57秒
返信・引用
  師走でも、カメは走らないもんですから。おそいレスですが。
本年の祭紀行が最終回アップ!
本当に今年も 尾張の山車まつり 楽しませていただきました。
こころよりお礼申し上げます。
最終回に登場させていただけたことも、これまた今年の記念になります。
それでは皆様 良いお年をお迎えください。
 
    (nova) カメ仙人様、今年もお世話になりました.
そして思いもよらない横須賀でのまつり紀行の出演お疲れ様でした(^^)

「まつり紀行」は終了しましたが、ひょっとしたら「まつり奇行」があるかも・・・
 

再び黒船車

 投稿者:nova  投稿日:2013年12月10日(火)22時03分56秒
返信・引用
  山田鉦七氏撮影の黒船車です  

12月を迎えて(また黒船の話題です)

 投稿者:よしのや  投稿日:2013年12月 7日(土)21時10分14秒
返信・引用
  今年残すこと20日余り、皆様方におかれましても、大変ご多忙のことと存じます
先日、平和公園の旦那寺の墓苑にて亡父母の墓参をいたしました

年に2回ほどしかいきませんので、公園を散策いたします
近くに、黒船の大幕波濤の図を描かれた梅逸先生の墓もありますので
参り、来年は若宮様の御祭礼は末広町が当番と申し上げました

ついこの間、和泉流狂言師佐藤友彦師とお話する機会がありました。
父上である亡秀雄師は末広町のご出身。つねずね黒船はいい山車であったと
おっしゃっていたそうです。
宮大工に黒船の模型を作らせたこともあったそうですが
できたものの「こんのもの黒船じゃない」と……

思い出は美しいものです

 

東海秋まつり

 投稿者:nova  投稿日:2013年11月10日(日)09時07分10秒
返信・引用
  本日の東海秋まつりの横須賀まつり山車出展ほ雨天中止となりました。  

和柄スタジャン☆。

 投稿者:こうべ  投稿日:2013年11月 7日(木)20時51分47秒
返信・引用
  宝船と般若面の絵柄の取り合わせでスタジャンを並べて置いているのは、ひょっとして私に対する挑発でしょうか?☆。
@伊勢の衣料品店。

でもその無言の挑発に負けて般若面のスタジャンを買ってしまいました(笑)。
 

二福神車が全国放送!

 投稿者:nova  投稿日:2013年10月23日(水)21時59分10秒
返信・引用
  先日波千鳥さんからお知らせがありました、NHK名古屋の「ほっとイブニング」ですが
好評のため同内容で全国放送されることになりました.

10月24日(木)4:00~『おはよう日本』内で放映されます.
前回見逃した方や愛知県外の方は早起き・・・のムリな人は録画セットですね.
 

山車揃え中止

 投稿者:高井 利治  投稿日:2013年10月20日(日)11時07分54秒
返信・引用
  名古屋祭り、山車揃えがに中止なったのは、何年振りだろう?今日この日のために、一生懸命に練習してきた、お囃子担当の人・切師・腰回りの人、本当にご苦労様です。来年、又頑張りましょう。  

名古屋まつり

 投稿者:nova  投稿日:2013年10月20日(日)07時05分57秒
返信・引用
  本日開催予定の名古屋まつり山車揃えは雨天中止となりました。  

Re:神明湯

 投稿者:なごやん  投稿日:2013年10月18日(金)00時25分15秒
返信・引用
  > No.1739[元記事へ]

波千鳥さんへのお返事です。


神明湯の西側に駄菓子屋さんとたこ焼き屋さんが存在していたとは!?

今も変わらずに残っていたら是非行ってみたかったです。

近頃駄菓子屋さんは、コンビニなどの進出でなくなっていく一方ですよね。

僕も子供の頃はよく100円持って駄菓子屋さんに行ってました。

花車も5軒駄菓子屋さんが存在していたんですね!

駄菓子屋おくに、たしか波千鳥さんのお住まいの向かい側にあったお店ですよね?

僕も2回ほど利用したことがあります。

花車町も年々空き地が増えて駐車場化しているのを拝見してますと

住んでいる方が減っているというのもうなづけます。

どこの地域も高齢化が進んでいて大変ですが、祭礼を永久に残すためにも

若手をがんばって育成して今後に繋げていきたいですね。

 

Re:神明湯

 投稿者:波千鳥  投稿日:2013年10月17日(木)18時12分51秒
返信・引用
   よしのやさん、なごやんさんへのお返事です。
 子供の頃、神明湯の西側は、現在駐車場になっていますが、当時は駄菓子屋さんとたこ焼屋さんがありとても賑わっていました。花車には、駄菓子屋さんが5軒ほどあり、2年前に廃業された駄菓子屋「おくに」は、お囃子の稽古が終ると1人100円位でお菓子、ジュースを買うのが楽しみでした。
 ちなみに、神明湯のTさんは小学生の同級生です、お祭り町内の旧花車町二丁目は、現在27世帯、花車ビル南館を含めても、35世帯60名弱です。
 高齢者が多いのでこれから先、お祭り続けるのは大変なことです。
 
    (nova) 「ほっとイブニング」拝見しましたよ(^^)
短い放映時間によくまとめられたと思います.
次回はNHK特集で1時間?

駄菓子屋5軒って今の花車町からは騒然出来ませんが、当時は子供さんも多くって賑やかだったんでしょうね.
 

Re: 神明湯

 投稿者:なごやん  投稿日:2013年10月17日(木)01時17分8秒
返信・引用
  > No.1736[元記事へ]

よしのやさんへのお返事です。


神明湯閉店してもう7年も経つんですね。
ずっと入りたいと思っていたんですが結局入れずじまいで
内部がどうなっているか気になっていたんですが

さすがですね!
ちゃんと写真に残っておくなんて!

山車がある地域って結構銭湯が地区にあったりするんですよね!
9車のある地域でも廃業されたりしていますが

二福神車→神明湯(廃業)
紅葉狩車→山車蔵の横が昔銭湯だったそうです。
唐子車→杉の湯(廃業)劇団四季の前あたりにありました。
福禄寿車→仁王門湯(今はここが一番近いですが、若宮の裏の鳥居前に戦前に銭湯がありました)
鹿子神車→梅の湯(廃業)出来町線沿いの神明社の手前あたりにありました)
河水車→河水車山車蔵の隣のマンションが昔銭湯でした。名前どなたか知らないですかね?
王羲之車→デキマチ温泉
湯取車→弘法湯、桔梗湯、筒井温泉(廃業)
神皇湯→筒井商店街の西側に銭湯がつい最近まであったんですが名前忘れてしまいました。

お祭りが終わったあとにみんなで銭湯に行って汗を流すという習慣は
いつの時代になっても残しておきたいものですね。

ついついアツく語ってしまいましてすみません。。。

銭湯大好きな人ですので。笑
 

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