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古典文庫

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月23日(火)06時59分13秒
返信・引用
   今月号の「日本古書通信」に、小田光男が「古典文庫とミシュレ『魔女』」(古本屋散策182)を書いている。
 この現代思潮社の古典文庫版『魔女』の愛読者のひとりに村上春樹がいたという。
 ほかに、小田はシュテルナー『唯一者とその所有』、ブランキ『革命論集』、ブルーノ『無限、宇宙と諸世界について』、ネルヴァル『幻視者』、スウィフト『書物合戦・ドレイピア書簡』、フーリエ『四運動の理論』(「四足動」と誤記)と、未刊のメストル『サン・ペテルスブルク夜話』(倉田清訳)の書名を挙げる。スウェートーニウス『ローマ皇帝伝』(ただし、上下2巻のうち上巻のみ)まで、全51巻(1967.5~74.7)を刊行した。
 この古典文庫を、現在集中的に収集中(アマゾンや日本の古本屋サイトにゴロゴロしている。残り9点)。数年前から古書蒐集においても、「下山」を始めて、年々購入数・額ともに減らしてきたが、おそらく新たに、まとまったシリーズを集めることはないだろう(全集・シリーズの欠本は、まだ多数。いずれも、古書に出ないものばかり)。ボクにとって最後の収集仕事となっている。
 なぜか? と自問自答してみた。1970年代初頭、この古典文庫をはじめ、現代思潮社本を、新刊書店の書棚で、いつも眺めていた。どれもが欲しくて、しかし、すべてを買えるだけの金はない。そのようにして、森崎和江も谷川雁も大杉栄もトロツキーにも出会ったのだった。
 40数年前の慾望を、ようやく実現していることになる。
 当時の現代思潮社の出版図書目録を見ると、末尾に常備店一覧が掲載されている。福岡では金文堂・りーぶる天神・金文堂朝日ビル店、小倉は金栄堂、黒崎は朝日屋黒崎店が並んでいる。いずれも、いつも立ち寄っていた新刊書店だ。特に、朝日屋の印象が強い。棚の並びが、ありありと思い浮かぶ(それだけ、眺めるだけの機会が多かったのだろう)。現存は金文堂の2店舗のみ(ただし、どちらも随分長く立ち寄る機会がない。お世話になった店長・店員はなつかしい。取り置き新刊が、毎月山をなしていたっけ)。
 さて、当時の「慾望」、ほかにもあった。そちらの実現は如何?
 
 

谷川雁2点

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月22日(月)18時56分13秒
返信・引用
   これを逸文と呼ぶには躊躇が残る。
 しかし、年譜に記載を忘れているし、どこかで再録の可能性も否定できない。
 ただ、過去の資料を整理していて、出てきたので、コメント抜きで紹介しておく。
「鋼線で編まれた黙示録―丸山豊著「月白の道」を読んで」(「信濃毎日新聞」1988.4.25)
「詩と死の同義性の結晶―丸山豊さんの“ほのかな匂”に触れて」(「西日本新聞」1989.8.10夕刊)
 

「発掘」噺

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月21日(日)08時06分43秒
返信・引用
   書庫のなかに、入るたびに本が崩れて来る一列があった。いちばん奥に必要な単行本があるが、簡単に出ない。
 急ぎ仕事も済み、いちにち自宅で過ごすので、早朝から抜本的な単行本の整理にとりかかる。かなり汗をかく。真夏になると、こうした作業は無理。
 約30年前に自宅を建てたとき以来、そのいちばん奥に2箱分の未整理資料を安置したままだった(ほか、その頃に編集した本の残部複数も「発掘」した。今度、貰ってくれそうな方々へ贈呈予定)。これも、近く取り出す予定だが、その前に2件を片付けないと、この作業に入れない。果たして、真夏が来る前に、そこまで辿り着けるか?
 なお、無事、落下しないようにはなった。上からは兇器にもなるので、ひと安心。
 

マッチ爆弾

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月20日(土)22時09分24秒
返信・引用
   1年いじょうも前に、読みたいと思った三枝和子の「戦争」3部作を、ようやく読み始める。もろもろの仕事のうち、一つの区切りがついたところで。
 第1作は『その日の夏』(講談社、1987.5)。1945年8月15日から24日まで、10日間の物語。A市のH師範学校本科女子部1年生。3月に女学校を卒業し進学はしたものの、引き続き動員先の軍需工場で働いていたので、8月1日が実質的な入学だった。
 「私」(吉井という名字はわかるが、名前は出ない)のほか、寮の同室には5名の少女たち(16~17歳か)。兵庫県明石市の兵庫師範学校がモデル。
 明石市は1945年1月19日以降、数度にわたって米軍の大空襲を受けた(死者数は、1461から最大2507名)。
「A市は、郊外に航空機工場を持っていたため、一トン爆弾による攻撃と再度にわたる焼夷弾投下の洗礼を受けていた。もうこれ以上爆撃はあるまいと思われるほど破壊された町だが、……特に八月六日以降の空襲のときは恐しかった。広島で凄い爆弾が投下された、何でも光を見ると駄目らしい、……」(15日)
「「惨禍の広島市」の報道写真がはじめて新聞に掲載された。/「原子爆弾投下により瞬時に焦土と化し煙突一本を残すのみとなつた市街の一部」とコメントが付けられていた。しかし写真で眺めるかぎり、全焼のA市と大差ないように見えた。」(19日)
 このあとの風説は、初めて知る。「マッチ箱爆弾」ではなく、まさに「マッチ爆弾」だ。
「「特殊爆弾」については、K航空機工場ですでに聞いていた。「マッチの頭ほどのもので富士山が三つくらい吹っ飛ぶ強力な爆弾を研究中だそうな」と、囁かれていたし、八月六日の爆弾が、米国に先を越されたそれであろうとの見当は、何を知らされなくとも市民感覚ですでに承知していた。」
 のちに、詳しい新聞報道を読んで「私」は、次のように書き留める。
「私は狼狽した。写真を見たかぎりで、A市と大差ないと判断していたのだが、思わず、二度、三度、読み返した。読み返すうち、爆弾に遭ってから十五日の玉音放送を聞くまでの罹災者たちの心情に気持が走った。」(23日)
 本日・明日の原爆文学研究会は欠席。自宅で映画「ナージャの村」(本橋成一監督、1997年)VTRを見る。
 

西日本の女性史

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月18日(木)10時30分18秒
返信・引用
   人さまの作成した新聞切抜(スクラップ帳)を見ていくのは、けっこう楽しい作業だ。
 詩人・一丸章のなかに「西日本の女性史―婦人解放の流れを追って」があった。
 9回までの切抜。第1回で田代れつを取り上げていたことに、好感を持つ。大西巨人・美智子夫妻の短い筑豊時代(1951~52年)に関わりを持っている。
 「西日本新聞」連載の担当記者は安部芳子。初めて知る名前だ。
 続きがあるはずと、昨日、福岡県立図書館のDVDを見ていく。朝刊家庭欄の連載だった。1975年4月15日~5月15日の短期集中の23回で終える。
 予想どおり、高群逸枝に関連して河野信子・森崎和江も取り上げる。伊藤野枝・神近市子は当然としても、牛島春子・西村桜東洋にも取材している。まだ通して読んではいないが、同時代の貴重な記録である(個人的には、久留米の高嶋まと(1908~33)、満兎ちゃんも入れてほしかったなぁ。父は高嶋宇朗というから、画家・高島野十郎の姪になる)。
 こうした仕事が、のちの女性史研究に、どの程度役立っているのだろうか。今度、関係者に訊ねてみよう(分厚な「女性史」本を見る暇がない)。1975年は「国際婦人年」だったという(そうえいば、かすかに記憶している。かつて法学関係で「女性の権利」みたいな本を編集したことがあったけ)。
 

筑豊映画祭

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月17日(水)07時29分46秒
返信・引用 編集済
   架空の映画祭を想定する。筑豊/石炭/炭坑を題材にした作品の上映会だ。
 まずは、「筑豊のこどもたち」「青春の門(筑豊編)」「白昼堂々」など、無難なところ。
 炭坑では、「にあんちゃん」も名作だが、筑豊からは離れる。地理的「筑豊」ではなく「川筋」にすれば、一連の火野葦平原作映画(「花と龍」「女俠一代」「新遊俠伝」)も入ってくる。
 幻燈映画「せんぶりせんじが笑った」も入れたいところ。この英語吹き替え版は、先だって英国でも上映されたという。ただし、「民独の歌」はAさんの独唱らしい(日本語のままだろう。Go! Go! ではなかろう)。記念のクリア・ファイルを、先日いただく。
 さて、そうしたライナップに、ぜひ入れておきたい作品が「日本女俠伝 血斗乱れ花」(東映京都、1971.4)だ。藤純子主演の高倉健とのコンビ・シリーズ4弾目。山下耕作監督。
「時は明治の中頃。北九州の炭鉱に見果てぬ夢を抱き続ける夫を追って、はるばる大阪からやってきた一人の女・平野てい。ところが、夫は不慮の落盤事故のために命を落としてしまう。炭鉱への夢を諦めきれずに、愛する妻の腕の中で息絶えた夫。ていは彼の最後の言葉を胸に、女だてらに平野鉱山を死守し発展させることを誓うのだった。……」
 モデルは広岡浅子?
 それはおいて、夫役は津川雅彦。小炭鉱の坑内で、ふんどし一つでの採炭場面もある。さすがに、藤純子の後山姿はない。後山役の女性も、山本作兵衛の初期炭坑画のように、上半身は裸ではない。けっこう、落盤事故の坑内や飯場のシーンも多い。高倉健は、藤純子を助ける川船船頭の組頭役。対抗する組頭に、いつも悪役(高倉健に殺される)になる天津敏が扮する。しかし、この作品では健さんとの友情・仁義を守って、義理とのはざまで苦悩する役柄だ。舞台は直方、そこに芦屋・若松の石炭商がからんでくる。
 まあ、そうした展開より、ラストにSLがセム(石炭専用貨車)を何連も率いて、鉄橋を渡る場面がある。これはリアル映像だ。中間市の遠賀川鉄橋だろうか。1971年、まだセム貨車も多数残っていたのだ。
 

「下山」2点

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月15日(月)23時01分21秒
返信・引用
   書き込んでおきたい事柄はあるのだが、なぜか、その暇もなく1週間が過ぎた。
 久しぶりに週3日も、痛飲する。某日は、鹿児島線の上り電車を2駅乗り越し、幸いに下り最終が残っていたため、無事に帰宅する。
 五木寛之『下山の思想』(幻冬舎新書、2011.12)は、3・11以後の脱原発ムードのなかで、ベストセラーにもなっていたか。「思想」と僭称しながら、老人の単なる感想文(自らの心境と時代を重ねただけの)だったので、まったく定着しないまま、そぞろ再稼働へと流れてしまった。その前には、『清貧の思想』とやらが流行した時期もあったように覚える。そもそも、ベストセラーなど読まない主義なので、後者は購入もしていない(新古書店にはゴロゴロしているが)。
 鈴木孝夫・平田オリザの対談本『下山の時代を生きる』(平凡社新書、2017.4)には、少しは「思想性」が窺える。鎖国論、小学校の英語教育批判、キリスト教批判、経済発展第一主義批判、地救原理主義など、「下山の時代」の指針が示される。
 この本との関わりで、対比のため五木の本も読む。
 

タダ本・アナ本・オキ本

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月 9日(火)15時18分40秒
返信・引用
   締切を過ぎた原稿がなくなったからではないが、次々と新しい原稿仕事が入ってくる(原稿料をいただけるのは、少ないなぁ=歎きと嗤い=)。
 そのために、前に積上げた本の前に、また新たな山を築く。
 タダ本は、只でもらった本ではない。多田茂治さんの著作10数点(寄贈していただいた本も多いが)。
 アナ本は、アナキズム関係。今年になって数点を読んでいたら、さらに読んでおきたい本が増えた。現在8冊ほど。うち1点は、多田茂治『大正アナキストの夢』。
 オキ本は、沖縄の詩人・川満信一と清田政信の詩集・評論集。約10冊。
 オキ本は、天狗堂主人の蔵書から借り出してくる。ほかは、自宅書庫から取り出してきた。アナ本は、もっとあるが、当面、これで止めよう。終わりが見えなくなる。
 

「民族独立行動隊の歌」

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年 5月 8日(月)22時07分13秒
返信・引用 編集済
   この掲示板で何度か触れた「民族独立行動隊の歌」の歌詞は以下のとおり(矢沢寛編『うたごえ青春歌集』(現代教養文庫、1997.3)より。誤記は訂正)。

♪民族の自由を守れ
 けっきせよ祖国の労働者
 栄(は)えある革命の伝統を守れ
 血潮には正義の血潮もてたたき出せ
 民族の敵 国を売る犬どもを
  〈リフレイン〉
  進め進め 団結かたく
  民族独立行動隊 前へ前へ進め

 民族独立勝ち取れ
 ふるさと南部工業地帯
 再び焼け土の原と化すな
 暴力(ちから)には団結の実力(ちから)もてたたき出せ
 民族の敵 国を売る犬どもを
  〈リフレイン〉

 現在、伝わっているのは2番までの歌詞だが、作詞者・山岸一章(きしあきら)によれば、3番まであったという。出だしは、「民族の自由」「民族の平和」「民族の独立」の順だ。
 1番も、最初は「民族の自由を守れ/決起せよ南部の労働者/光栄ある革命の伝統を守れ/暴力には団結の実力もて/叩き出せ、民族の敵/国を売る犬どもを/前進、前進、団結かたく/民族独立行動隊、前へ、前へ進め」だったという。「血潮には正義の血潮もて」は3番の歌詞だった、とも。歌詞の「混淆」が進んでいった。
 川上允編『「民族独立行動隊の歌」誕生物語―山岸一章アルバム』(本の泉社、2008.6)を、この歌を子守唄として育ったAさんが、貸してくれた。ここに再録された山岸「民族独立行動隊の歌 40年の歳月を経て」(初出「民主文学」1990.4)のなかで、前記のように指摘している。アルバムと称するように、この本のメインは、12枚の写真「煙突男あるばむ 1950.11」だ。「サン写真新聞」のカメラマンが歌誕生の「事件」を伝える。国鉄大井工場の32メートルの大煙突が舞台だ。これらの写真は、初めて見る。
  ↓
 了解しました。ただ、それまでに一つ、仕上げていただきたい仕事があります。よろしくお願いします。
 

夕映忌へ参加

 投稿者:石原一慶  投稿日:2017年 5月 8日(月)12時17分20秒
返信・引用
  今年の夕映忌にも参加させていただきます!
よろしくお願いいたします。

石原一慶
 

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