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文芸同人誌評

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年12月 9日(土)11時14分19秒
返信・引用
   ここ十数年、同人誌評の衰退が目立っている(同人誌が衰退しているか、どうかは不知・不問)。文芸雑誌・新聞などの場で、適切な評者も減少しているのだろう。
 長く「週刊読書人」で、「文芸同人誌評」を担当してきたのは白川正芳(1937~)。その同人誌評自体が、12月1日号で終えた。1981年6月から36年になるという。その前はどうだったのか、新聞原紙は作業部屋の押入れのなかに保存しているが、すぐには出ないので、確認不能。
 白川は福岡県大川市出身。佐賀の同人誌「城」にも関わりがあったとも認識している(違ったかな? 「新郷土」だけ?)。埴谷雄高の関連本が、数冊は手元にあるはず。
 あとは、「週刊読書人ウェブ」に「文芸同人誌広場」が設けられているので、その場の活用、交流を編集部は呼びかけている。
 
 

対訳「煙草と兵隊」

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年12月 7日(木)12時20分49秒
返信・引用
   火野葦平「煙草と兵隊」英訳の存在は知っていた。研究社の雑誌「英語研究」1941年1月号とまでは把握済みだった。
 「英語研究」1941年1月号(第33巻第10号)の附録「短篇小説英訳研究 煙草と兵隊(Cigarettes and Soldiers)」(白井同風 英訳)を入手する。新聞全紙を折り込んだ32ページの冊子だった。対訳の形式だ。原文の初出は「文芸春秋」1939年1月号。なお、「はしがき」によれば、まず季刊英文雑誌(1941年時は月刊)“Contemporary Japan”1939年4月号に抄訳が発表されたという。「英語研究」所載は、「原文に忠実なる全訳である」とのこと。ああ、“Contemporary Japan”1939年4月号も探さなくては……。
 

火野葦平『インパール作戦従軍記』

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年12月 3日(日)10時59分28秒
返信・引用
   数年前に刊行が決まっていた、火野葦平『インパール作戦従軍記―葦平「従軍手帖」全文翻刻』(集英社、2017.12 590頁、四六判上製 本体定価4800円)がようやく刊行された。渡辺考・増田周子両氏の解説だが、じっさいは「編」としてもいい内容だ。集英社学芸編集部との共編といってもよい。
 今の時代だからこそ、悲惨な戦場の実相を伝える好著になろう。無事の刊行を喜びたい。
 

穴井太の英信句

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月30日(木)19時48分15秒
返信・引用
  風花や筑豊文庫は臍であった(※「天籟通信」1996年4月号)

 1987年11月21日、上野英信氏逝去 2句
藪柑子上野英信篤く病む
黄落の真只中を坑夫消え

 別・上野英信氏(※1974年 ブラジル行の際か)
直立にともる灯霧を濃ゆくする

  裂(※1965年前後)
閉山地帯 黙殺の汽車灯を擦りゆく
逃げても坑夫大地に暗い穴増やし
炭住になめくじ色の雨が滲む
祭笛 疫病のごと出稼ぐ坑夫
重いボタ山まひる刻告ぐ羽抜鶏
春塵に消えた坑夫のタオルあたらし
れんげ田の地底たゞよう坑夫の目
傘で指すボタ山するどく孤立して
下駄でつぶすナメクジ青虫夜盗虫
傘さしてずぶぬれになる多産系
廃屋にコーモリ傘が吊られている
盆栽を育て屈折する坑夫
決闘の少年ボタの流砂ひろげ
末枯れてまた廃口の現れる
ばらばらの坑夫長屋のぼうぼうたり
 上野英信へ
風に罅あり紺布張りの魯迅の書

 以上、『穴井太全句集』(天籟俳句会、2015.4)より。掲載および制作逆順に並べた。
 最初の一句のほかは、既刊句集の『原郷樹林』(牧羊社、1991.10)、『ゆうひ領』(牧羊社、1974.8)、『穴井太集』(八幡船社、1967.11 私版・短詩型文学全書11)に、各々収録されている。
 

渋沢龍彦展

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月27日(月)14時01分45秒
返信・引用
   今年2回目の東京方面行。あと何回、行くことがあるかわからない。
 古本屋巡りは「卒業」。見残した場所がいくつかはあるので、余った時間はそれにあてることにした(そういえば、高尾山登山もあったが、これは断念か)。
 往路は土曜早朝の飛行機便にしたが、快晴で富士山をずっと見ることができた。羽田から横浜へ向かう鉄道車中からも、よく見える。地上からこんなに大きく見えるのかと、驚いた。あと、横浜―早稲田―笹塚(泊)―池袋と移動。今回は、帰路に都立第五福竜丸展示館(江東区夢の島)を訪ねることにした。
 池袋で友人たちと待ち合わせる前に、世田谷文学館の「渋沢龍彦 ドラコニアの地平」展を見にいく(名前はすべて正字表記だが、「龍」以外は無視)。特に関心を寄せる文学者ではないが、なぜか文庫本はかなり手元に揃っている(この「なぜか」の理由は明かせない)。まあ、火野葦平や上野英信の対極に存在するような文学者だ。
 展示を見ていくと、さりげなく龍の落し子が置かれている。矢川澄子・渋沢龍子らと一緒の大勢の集合写真や、1955年のころ三浦市長選挙に際して日本共産党候補を支援した冊子などに興味を持つ。およそ政治活動とは無縁と思えた渋沢にも、こうした熱い季節もあったようだ。
 会場でも販売されているのは、展覧会に際して刊行された世田谷文学館編『渋沢龍彦 ドラコニアの地平』(平凡社、2017.10 B5判275ページ、本体定価2400円)。図録とも少し違う、かなり編集に凝った本には、龍の落し子(p.86)はいたが、前記写真と冊子はない。年表にも記載がなかった。
 

天句集

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月22日(水)12時19分14秒
返信・引用
   「天狗集」ではない。
 必要あって、北九州市から出ている俳句誌「天籟通信」関係の刊行書を検索していたら、石牟礼道子句集『天』(天籟俳句会、1986.5)が、「天句集」とリストアップされてきた。一瞬、「天狗集」と錯覚した。「天 句集」もしくは、「天;句集」と表記すべきところ、かなりの句集をそのまま続けている。「句集天」ならまだしも、いかがなものか。
 さて、1965年創刊から誌歴は50年を超えるので、発行所名も「天籟通信発行所」「天籟句会」「天籟俳句会」とまちまち。ようやく確認したかったアンソロジー数点の所蔵館が把握できた。
 

「古書目録りゅうせい」最終号

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月19日(日)08時36分10秒
返信・引用
   東京都大田区池上の古書店・龍生書林(1973年創業)が、年末に廃業・閉店するという。
 上顧客ではなかったのに、日本近・現代文学を主体とした古書在庫目録の最終号(第66号)が届いた。カラー図版93ページをふくむA5判全334ページの豪華な目録で、有終の美を飾る。
 池上は初代・鈍魚庵のあったところ。その縁でもないが、火野葦平著作のチェックはする。
 図版には、『山芋日記』(300部限定特製版)、『伝説』、『河童音頭』、『詩集 青狐』(削除版)の4点。『河童音頭』は青山二郎献呈本。『伝説』も箱付の美本。価格も1万~1.5万で妥当なところだ。
 図版以外は、『土と兵隊』以下、約30点が並ぶ。没後刊行の『花の座』に「墨識語署名」とあって驚くが、次男・玉井英気の代理署名とのこと。なお、同じく没後刊行の『兵隊三部作』には全冊署名が入るが、これは生前から刊行が準備され、用意されていたものだ。
 残念ながら、上記に入手しておくものはない。ほかの図版も眺めながら、何か探してみよう。
 

「脈」95号

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月18日(土)09時37分55秒
返信・引用 編集済
   沖縄の文芸同人誌「脈」95号(2017.11.20)が届いた。
 今回の特集は「火野葦平と沖縄」。以下のライナップだ。「本土」側の執筆者と沖縄在住・関係の執筆者の連携が、うまくいった。編集・発行者の比嘉加津夫さん、「本土」から編集協力の松本輝夫さん(谷川雁研究会代表)に感謝したい。全222ページ、本体定価1300円。いつも、発売即品切れとなることが多いので、ご注意を。村上一郎や森崎和江の特集号がそうだった。
 なお、次号の特集予定は「東峰夫の小説世界」。また、特集以外の論考には、佐伯修 編・註「村上一郎の未発表日記と『試行』」Ⅶ、松岡祥男「吉本隆明さんのこと」⑮、深谷考「野呂邦暢、風土へのヴィジョン」(7)、青柳瑞穂「作家たちの「怠け」 怠けて生きたい私たち」(12)、比嘉加津夫「吉行淳之介と島尾敏雄」、川満信一「ヤポネシア論の行方」がある。比嘉さんは小説も発表だ。

火野葦平    地獄島沖縄/ブナガヤ河童
玉井史太郎   「ちぎられた縄」
坂口 博     火野葦平と沖縄
松本輝夫    火野葦平と沖縄への前衛的志情(しなさき)――谷川雁との接点にも触れて
大國眞希    火野葦平河童作品考――『河童曼陀羅』を中心に
北野辰一    沖縄 火野葦平と木下順二
新城兵一     邂逅の徴に
仁衡琢磨    「本土」人が描いた沖縄と基地問題――火野葦平と当事者性
仲程昌徳    「悲恋瓦屋節」考――火野葦平の絶筆小説をめぐって
松島 淨    火野葦平ノート
松下博文    葦平のゐる風景
上間常道    一通の書簡――火野葦平と比嘉春潮を結ぶもの
 

戦後版「新風土」

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月13日(月)18時09分29秒
返信・引用
   些細な事柄でも、悩み出したら解決しないことには、先へ進めなくなる。
 そのようにして、20代前半にはマルクス経済学における「労働」という概念に躓き、火野葦平「麦と兵隊」の読解に際しては、地名「孫圩」に躓いた。後者は、近年「ソンカン」ではなく「ソンウ」と確定して、ようやく先へ進むことができるようになった。
 ごく最近の躓きは、下村湖人が「次郎物語」を連載した「新風土」の件。その第5部を連載、中絶した戦後版「新風土」が、何号まで出たかが解決できずにいる。
 第5部「あとがき」には、「第五部に筆をとりはじめたのは、第四部を書き終って間もない〔1949年〕五月半ばであった。そして七月からは、その当時の私の個人雑誌「新風土」にそれを発表しはじめたものである。ところが翌年の三月、その九回目を書きあげたころになって、私のからだの調子がわるくなり、……一方、個人雑誌「新風土」も、そのために自然廃刊の余儀なきにいたり、何もかもが当分休止という状態になってしまったのである。……」
 その後、「大法輪」1953年3月号~54年3月号に連載、完結後、ただちに単行本が生活百科刊行会から刊行されたようだ(同年に新潮文庫版・角川文庫版も刊行)。
 第5部の最初の連載は、「新風土」1949年7月号(2巻7号)~50年5月号(3巻5号)というのが、「次郎物語」に言及する書誌・年譜の一致した見解のようだ。
 ただ、ボクの確認した「新風土」では、以下のようになっている(50年5月号は未見)。
1949年7月号(2巻7号、冬芽書房) 第5部(第1回)1、友愛塾
   8月号(2巻8号、冬芽書房) 第5部(第2回)2、二つの顔
   11月号(2巻9号、新風土社) 第5部(第3回)3、大河無門 4、平木中佐
   12月号(2巻10号、新風土社) 第5部(第4回)5、入塾式の日
1950年1月号(3巻1号、新風土社) 第5部(第5回)6、最初の懇談会
   2月号(3巻2号、新風土社) 第5部(第6回)7、板木の音
   3月号(3巻3号、新風土社) 第5部(第7回)8、最初の日曜
   4月号(3巻4号、新風土社) 第5部(第8回)9、手紙

 厳密な「個人雑誌」は、2か月の休刊を挟んで、新風土社刊行になった、1949年11月号から。悩むのは、「あとがき」の「九回目」が、連載9回目なのか、9章なのかが曖昧のためだ。刊行された「次郎物語」第5部では、「1友愛塾・空林庵 2ふたつの顔 3大河無門・平木中佐 4入塾式の日 5最初の懇談会 6板木の音 7最初の日曜日 8手紙 9異変(Ⅰ) ……」となっていて、初出第3回が同一の章になった。湖人は「異変」を書いているときに、体調の異変に遭遇したのか。
 嗚呼、この解決がないと、「次郎物語」を読み通す気になれない。未見の5月号が存在することが間接的にでも証明されるなら、それで善しとしよう。
 

わが「終活」

 投稿者:スカラベ・ヒロシ  投稿日:2017年11月11日(土)08時11分57秒
返信・引用
   吉本隆明『わが「転向」』を模倣するわけではないが、最近の作業は、わが「終活」の一環だ。
 手元の常備手帳(1年毎のダイアリー手帳とは別)には、ここ20年間ほどの「新刊」リストや、探究古書リストがある。むしろそちらが主体で、付随して両親はじめ近親者の忌日もメモしている。基本的にはこのリスト掲載以外の本は購入しない。したがって重複購入は避けることができた(何回かの例外はある)。数年前から、経済的・物理的な限界から購入を抑えてきたが、あとリスト掲載のままで、必ず目を通しておく必要があるものを仕訳中。「新刊」だけでも、約20行の項目で20ページを超えているので、せめてそれを半分から4分の1まで減らす計画だが、果たしてうまくいくだろうか(これがゼロになったときは、まさに「終焉」だろう)。
 図書館で閲覧・貸出できるものは、現在の関心度の高いものから対処中。その作業のなかで、購入して手元におくものを選んでいる(ただし、作業部屋に堆積した本は、なかなか減っていない)。
 なお、このリストは手書きでないといけない。ほかの探究書リストや予定表と違って、パソコン・データにするつもりはない。
 

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